マウス生体脳の活動を頭蓋骨越しに可視化する経頭蓋マクロイメージング法とその応用

武井理乃、栗原綾花、阿知波ひとみ、辻菜々実、片桐沙弥、毛内拡

 アストロサイトは、脳を構成する主要な細胞の一種であり、神経伝達の調節や、シナプス可塑性に大きく関与していることがわかっている。しかし、今日に至るまで多くの研究はニューロンに関するものであり、アストロサイトはさほど注目されていなかった。その理由は、ニューロンの活動は電気的観測が可能であるのに対し、アストロサイトは反応の前後で膜電位の変化が小さく、電気的観測によってその活動を評価することが困難であったためである。一方、アストロサイトは、活動に応じて細胞内Ca2+濃度を大きく変動させることがCa2+イメージング法1によって明らかになってきた。
 本研究室では、Ca2+感受性蛍光(Ca2+センサー)タンパク質の一種であるG-CaMP72をアストロサイトと一部の興奮性ニューロンに発現した遺伝子組換えマウス(G7NG817)を用い、生きたままの脳におけるアストロサイトのCa2+濃度動態の可視化に取り組んできた。G7NG817マウスは、大脳皮質におけるG-CaMP7の発現が強いため、頭蓋骨を薄く削ることなく、通常の蛍光実体顕微鏡を用いて頭蓋骨越しに脳のCa2+動態を可視化することができる。これによって、実験の際にマウスにかかる負担を大幅に抑えることができ、場合によっては麻酔処理も必要としないため、より正常に近い状態でのアストロサイトの作用の観察が可能となる。我々はこのような測定法を、経頭蓋マクロイメージングと名付けた。これまで我々は、G7NG817マウスの経頭蓋マクロイメージング法が、ヒゲ刺激や視覚刺激、音刺激などの異なる刺激に対して異なる脳部位のニューロン集団が応答することを可視化する、皮質機能マッピングに利用できることを報告してきた。一方アストロサイトはニューロンのような脳皮質の一部のみにおけるカルシウムイオン濃度の変動とは異なり、脳全体におけるイオン濃度の変動を生じること、および、アストロサイトのカルシウムイオン濃度変動の速度がニューロンに比べて遅いことがわかっており、このことからニューロンによる神経活動との識別が可能となる。
 G7NG817マウスの経頭蓋マクロイメージング法を用いて、今後は、脳機能のさらなる解明や、病態時の脳活動の変化の解明等への応用が期待されている。

1細胞の活動依存的に変化する細胞内外のカルシウムイオン(Ca2+)の濃度差を利用した非電気的な測定手法の一つ

註2 G-CaMP7(ジーキャンプ7)はGFP1分子、カルモジュリン、ミオシン軽鎖キナーゼからなるCa2+感受性蛍光(Ca2+センサー)タンパク質である。カルシウムイオンが結合すると蛍光特性が変化し、青色の励行光に対して緑の蛍光を発するようになる。