2022年3月14-19日にオンラインで開催された第69会日本生態学会大会にて、岩崎研から3件のポスター発表を行いました。
大会HP: https://esj-meeting.net/
<岩崎研からの研究発表>
○志村映実, 渡辺恭平, 中濱直之, 岩元明敏, 加藤美砂子, 岩崎貴也. 環境指標生物としてのオサムシ科甲虫の再評価:メタ解析による環境嗜好性の定量的評価. 第69回日本生態学会大会. ポスター発表(P1-048). 2022年3月14-19日.
発表要旨:
オサムシ科甲虫は環境指標生物として注目されるが、環境評価の基盤となる各種の環境嗜好性(生育環境の好み)は特定の地域だけでの定性的評価がほとんどであり、複数地域のデータを統合した定量的評価はまだあまりなされていない。そこで本研究では、本州および佐渡島の針葉樹林、広葉樹林、草地環境のいずれか2環境以上で比較調査がなされた学術論文14編のデータに注目し、メタ解析を行うことで、各種の環境嗜好性について定量的評価を行った。具体的には、3編以上の論文で調査記録のある種を対象とし、各環境ペア間で採集された平均個体数比の対数として計算される対数応答比LRRを用いることで、3環境総当たりでの環境嗜好性の評価を行った。
解析の結果、オサムシ科甲虫3亜科7族16属44種について環境嗜好性を評価できた(環境ペアごとでは広葉樹林/草地で41種、針葉樹林/草地で5種、針葉樹林/広葉樹林で18種)。広葉樹林/草地では、8種で統計的に有意な広葉樹林嗜好性が、15種で有意な草地嗜好性が検出された。一方、針葉樹林/草地、針葉樹林/広葉樹林の環境ペアでは、どの種でも有意な環境嗜好性が検出されなかった。これらの結果は、オサムシ科甲虫にとって、広葉樹林と草地という環境間の違いの影響が特に大きいことを示唆している。
これらの結果を統合し、環境評価に使いやすい指標種として、草地環境を嗜好する4種(マルガタゴミムシなど)、広葉樹林環境を嗜好する5種(クロツヤヒラタゴミムシなど)を挙げた。これらの種に着目することでより信頼性の高い環境評価が可能になると思われる。一方、環境への応答が研究間で矛盾し、少なくとも広葉樹林や針葉樹林、草地という環境では環境嗜好性が検出されなかった種として5種を挙げた。これらは、地域や微環境によって見かけの嗜好性が大きく変動する恐れがあり、環境評価を行う上で扱いに注意すべき種と思われる。
○川崎七海, 中臺亮介, 大西亘, 西田佐知子, 山本薫, 岩元明敏, 加藤美砂子, 岩崎貴也. 環境フィルタリングと生物間相互作用が植物の共起に与える影響:神奈川での解析例. 第69回日本生態学会大会. ポスター発表(P1-321). 2022年3月14-19日.
発表要旨:
植物分布は、分布変遷などの歴史に加えて、気候や土地利用と言った環境ニッチ、資源競争や繫殖干渉といった生物間相互作用などの影響を複合的に受けており、その結果として、ある場所に複数の植物種が一緒にいる(共起)いない(非共起)というパターンが形成されている。しかし、ある地域の分布パターンについて統一的に解析した研究は少なく、地理的スケールとの関係や各要因の重要性についてはまだほとんど分かっていない。そこで本研究では、市民調査によって多くの分布情報が蓄積されている神奈川県の全維管束植物を対象とし、県内全域の1 kmグリッドでの植物種ペアの共起パターンと、環境ニッチや生物間相互作用を反映すると思われる6要因との関係を調べた。具体的には、各種ペアでの気候ニッチ非類似度と土地利用の違い(人工地面積差と農用地面積差)を環境ニッチ、開花期の重複割合、系統的距離、在来種・外来種の関係を生物間相互作用に関係するパラメータとして扱った。
解析の結果、ほとんどの植物グループで環境ニッチ、特に土地利用の違いが共起パターンに大きく影響しており、環境ニッチフィルタリングによって共起パターンが形成されていることが示された。土地利用の違いは人為的攪乱の大きさに関係すると考えられることから、攪乱の強さに対する各種の要求度の差が共起パターンの形成に重要であると思われる。一方、生物間相互作用を反映すると思われる要因の効果は限定的であり、一部の科では開花期が重なっている種ペアほど共起、系統的距離が小さいほど共起に偏るという資源競争や繁殖干渉の観点からは逆が予想される効果も検出された。この理由としては、1 kmグリッドという地理的スケールが生物間相互作用の働くスケールとして広過ぎる可能性や、変数間で相関があることで効果がマスクされている可能性なども考えられるため、今後は地理的スケールや場所を変えての検証が必要であると思われる。
○岩崎貴也, 清水秀幸, 高橋善幸, 丸田恵美子, 井川学, 大河内博. 大気汚染が森林へ及ぼす影響:丹沢の衛星画像解析とブナ酸性霧暴露実験から. 第69回日本生態学会大会. ポスター発表(P2-165). 2022年3月14-19日.(※ 京都大学生態学研究センターの本庄三恵 准教授, 工藤洋 教授にも共同研究としてRNA-seqでご協力頂きました)
発表要旨:
丹沢山地では1980年代頃からブナやモミの衰退が報告されており、酸性雨や酸性霧あるいは大気汚染物質の影響が指摘されてきた。特に1990年代から2000年代にかけては実態や原因の解明に向けたさまざまな調査研究が行われ、丹沢山塊山頂付近や風上側で特に衰退が激しいこと、その他の樹種でも衰退がみられることなどが報告されている。しかし、その後に広域での調査はあまり行われておらず、現在、森林の衰退がさらに進行しているのか緩やかになっているのかは明らかではない。
そこで本研究では、丹沢山地全域について複数年の衛星画像データを取得し、植物の活性度を示す正規化植生指数(NDVI)を指標とした森林衰退状況を調べた。具体的には2007、2011、2016年の高解像度SPOT衛星画像と、複数時期のLandsat衛星画像を取得し、斜面方位や植生などで地域分けを行った上で、年代間の比較を行った。解析の結果、東丹沢東部では2011年頃まで正規化植生指数の低下がみられ、少なくともこの時期まではこの地域での衰退が進行し続けていた可能性が高いことが示唆された。これには、東丹沢東部が首都圏に最も近く、大気汚染の影響を受けやすい地域であることが影響しているかもしれない。ただし、それ以降の年代では改善がみられており、山地全体では森林衰退からの回復傾向にあるのではないかと思われる。2011年頃は大気汚染の最後のピークがあった時期であり、以降の汚染の改善によって森林衰退に歯止めをかけることができている可能性が考えられる。一方、斜面方位と植生分類で作成したグループ間では年代間での変化にあまり違いがみられず、斜面方位や植生よりもエリア間での違いが大きいことが分かった。本研究ではさらに、森林衰退の原因の一つと考えられている酸性霧を実験室内でブナに暴露する実験も行い、その際の遺伝子発現の変化についても比較を行った。発表ではその結果についても合わせて報告する。