研究内容

岩崎研では、「野生の陸上植物を中心対象とした生物地理学・進化多様性科学」が研究の中心テーマです。

日本列島や東アジアにおける野生植物の多様性が、どのような歴史・進化プロセスで形成されてきたのか、そしてそれがどのような生態メカニズムで維持されてきたのかについて、地理情報を活用しながら考えていきます。

特に、広い意味での「種のあり方の多様性」に興味を持っています。「種の数だけ種のあり方がある」という言葉もあるように、植物の「種(しゅ)」のあり方はとても多様です。
系統地理研究で明らかにできる地理的隔離による種内での集団分化はもちろん、その分化と連動する形で開花期や生育環境の生態的分化が起きていたり、無性生殖によって子孫を残していたり、交雑によって新たな種を形成していたり、今まさに種分化の途中段階にあったりと、調べれば調べるほど、面白い例が見つかります。
研究室では、そのような多種多様な種のあり方を少しずつ明らかにしていきたいと考えています。多くの生物に共通するメカニズムの発見ももちろん大事ですが、多様性の解明を積み重ねていく研究も生物学の発展には欠かせません。多様性の解明を積み重ねていくことで、初めて見えてくるものも多いです。

興味を持った生物の多様性について、野外調査や遺伝解析、コンピュータシミュレーションなど、幅広い研究手法を使っての解明に挑戦してみませんか?

岩崎研での主な研究手法

    • 野外調査
      遺伝子解析用サンプルの採集、植生調査、環境調査、光合成測定(MultispeQ使用)、ドローン調査(DJI Phantom 4 Pro使用)など
    • DNA多型解析
      次世代シーケンサーを用いたゲノムワイドな多型解析(ddRAD-seq、MIG-seq、GRAS-Di、ゲノムリシーケンス、NGS-SSRなど)、DNAメタバーコーディング解析(シカの食性解析など)
      サンガー法シーケンサーを用いた多型解析
    • 遺伝子発現解析
      野外環境や室内栽培環境、高温・高塩分などのストレスを与えた環境などでのRNA-seqによる遺伝子発現解析
    • 栽培実験
      学内の野外鉢棚や室内の人工気象器を用いての植物栽培実験(生活史や形態、遺伝子発現、光合成活性などを比較)
    • 地理情報解析
      地理情報解析ソフト(ArcGIS、QGISなど)を用いての生物分布情報の解析
    • コンピュータシミュレーション
      生態ニッチモデリングによる生育適地の推定やコアレセントシミュレーションによる集団動態の推定など
    • 博物館標本解析
      博物館標本の形態やフェノロジー情報の解析や、標本DNA(採集時の過去のDNAが保存されている)と現生DNAの比較など

これらの手法を中心に、各研究テーマに合わせて柔軟に様々な手法を組み合わせて取り組みます。

研究テーマによっては室内での実験・解析がほとんどになることもありますし、野外調査が多くなること(といっても、エフォートの2~3割程度)もあります。どういう割合で取り組んでいくかは、学生と相談しながら調整します。

 

3つの大テーマ

最近は、生物の分布やゲノム情報、環境に関するビッグデータを活用することで、種のあり方野生植物の環境応答に関する以下の3つの大テーマに取り組んでいます。

    • 生物地理研究
      過去の環境変化に対して植物はどのように応答してきたか?
      現在の環境下における生物の分布はどのようなメカニズムで決まっているのか?
    • 局所適応・適応進化研究
      周囲の野外環境に対して植物はどう適応しているのか?
      分布変化の過程で、いつ、どのようにして適応を獲得したのか?
    • 生物多様性保全研究
      周囲の環境変化から植物はどんな影響を受けているのか?
      遺伝的多様性まで含めた現在の生物多様性を守るにはどのような対策が必要なのか?

 

岩崎研での研究に興味がある人は、最初に下の日本語総説を読んでみてください。ここから始めると、具体的なイメージを掴みやすいと思います。
その上で、岩崎にコンタクトを取ってもらえると、具体的な研究相談がしやすいです。

  1. 岩崎貴也*†, 阪口翔太†, 津田吉晃† († equal contribution). 2016. 分子系統地理学に生態ニッチモデリングがもたらす新展開と課題. 『植物地理・分類研究』 64: 1-15.  リンク 論文PDF
  2. 岩崎貴也*†, 阪口翔太†, 横山良太, 高見泰興, 大澤剛士, 池田紘士, 陶山佳久 († equal contribution). 2014. 生物地理学とその関連分野における地理情報システム技術の基礎と応用. 『日本生態学会誌』 64: 183-199. リンク
  3.  岩崎貴也*. 2017. 日本海要素植物の起源に関する植物地理学と分子系統地理学からのアプローチの接点. Science Journal of Kanagawa University. 28: 341-346.  リンク 論文PDF

他の総説はこちら原著論文はこちら

 

生物地理研究

過去の環境変化に対して、植物はどのように応答してきたか?

「分子系統地理学」と呼ばれる学問分野で、現生生物の遺伝的分化の地理的パターン(遺伝的地域性)から、その生物が辿ってきた分布変化の歴史を明らかにします。地理的な分化の結果としての種分化(異所的種分化)が進んでいる場合もあり、その場合はその種のあり方(分類や適応、交雑など)についても総合的な解明を目指します。

日本や東アジアの温帯林植物についての分子系統地理学的研究

<具体的な研究対象の例>

      • コンロンソウ(東アジアに広く分布するアブラナ科の多年生草本)
      • ジャニンジン(東アジアから中央アジア、ヨーロッパまで広く分布するアブラナ科の1年生草本)
      • タマアジサイ(関東・中部地方と伊豆諸島、トカラ列島、南硫黄島などに分布するアジサイ科の樹木)
      • ツリバナ、ウワミズザクラ、ホオノキ、アカシデ(日本全国に分布)
      • クマシデ、イヌシデ(太平洋側を中心に分布)

「日本海要素」や「フォッサマグナ要素」などの地域固有植物種群についての系統地理的な進化プロセスの解明

<具体的な研究対象の例>

      • ミスミソウ(日本海要素のオオミスミソウを含む)
      • スミレサイシン類(日本海要素のスミレサイシンを含んだ近縁な種群)
      • キブシ、クロモジなど

現在の環境下における生物の分布はどのようなメカニズムで決まっているのか?

植物の分布を形成・維持する生態メカニズムの解明

「生物の分布」はダーウィンやウォレスの時代から研究されてきた歴史の古い研究テーマです。自然界では、上で紹介した系統地理的な歴史的要因に加えて、生態的要因の影響も受けて分布が形成されています。さらに生態的要因には、主に温度や降水量、土壌などの環境から影響を受ける非生物的要因と、競争や繁殖干渉などの他種との生物間相互作用から影響を受ける生物的要因の2つがあります。これらの要因が生物の分布にどう影響を与えるのかについて、個々の研究としては多くの蓄積がありますが、これらの要因の影響を総合的に解析した研究はまだ十分ではありません。

生態ニッチモデリングなどの地理情報解析、共起解析などの群集生態学解析、現地調査を複合的に用いることにより、「生物の分布」に関する総合的なメカニズムの解明を目指しています。

 

局所適応研究

周囲の野外環境に対して植物はどう適応しているのか?

分布変化の過程で、いつ、どのようにして適応を獲得したのか?

ジャニンジンを対象とした局所適応メカニズム・適応進化プロセスの解明

系統地理研究でも用いた、1年生草本 ジャニンジン Cardamine impatiens L. を中心対象としています。この植物は、日本~東アジア~中央アジア~ヨーロッパというユーラシア大陸全域の温帯に広く分布しており、系統地理的な分布変遷過程の中で各地の環境に対して局所適応したと我々は考えています。

ジャニンジンはアブラナ科タネツケバナ属の植物で、モデル植物のシロイヌナズナに比較的近縁です、そのため、シロイヌナズナで明らかになっている機能遺伝子など、ミクロ系の植物分子遺伝学的な知見を多く利用することができます。近年は次世代シーケンサーの普及によってゲノム解読も容易になってきており、ジャニンジンのゲノムも複数の地域系統で解読しようとしています。さらに、ジャニンジンは自殖が可能で、世代時間も数ヶ月程度と比較的短いため、実験室内で比較的容易に育てることができます(実際に、海外まで含めた複数の地域系統を実験室内で栽培しています)。

このような利点を活かし、各地の環境への局所適応のメカニズム解明(適応遺伝子の特定までを目指す)、その局所適応が起こった進化プロセス(適応進化)の解明を目的に研究を行っています。シロイヌナズナだけでは分からないような、この植物独自の、あるいは特定の地域独自の面白い進化を明らかにしたいと考えています。

 

生物多様性保全研究

周囲の環境変化から植物はどんな影響を受けているのか?

遺伝的多様性まで含めた現在の生物多様性を守るにはどのような対策が必要なのか?

絶滅危惧植物を対象とした保全遺伝学・景観遺伝学的研究

<研究テーマ例>

      • 長野県霧ヶ峰高原やその周辺地域を対象としたシカの過度な採食に対する保全生態学的研究
      • 防鹿柵による植物保全効果についてのドローン(UAV)を用いた検証
      • 亜熱帯性シダ植物マツバランの遺伝的地域性の解明と、園芸系統による遺伝的撹乱の検証
      • 塩性湿地に生育する絶滅危惧植物ウラギクについての遺伝的地域性の解明

森林衰退状況の解明や、遺伝子発現による健全度モニタリング手法の開発

<研究テーマ例>

      • 衛星画像を用いたリモートセンシング解析による丹沢山地を対象とした森林衰退の検証
      • 遺伝子発現情報を活用した樹木(ブナ)健全度診断マーカーの開発

 

その他

他にも、系統地理解析や地理情報解析などの技術を活かし、多くの大学・研究機関との共同研究を展開しています。