ひとりごと

「脂質分子の世界は日本社会的」

お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科ライフサイエンス専攻 小林哲幸

生体内のほとんどの脂質分子は、弱い結合に基づくファジーな特異性で周囲の生体分子と相互作用して存在する。しかし、その生体内分布や組成は一定のバランス に保たれ、ドメイン構造・集団として機能を発揮している。そんな集団から、一部の生理活性脂質分子が微量、産生されて特異的な個性を輝かせる。私には、そ んな脂質分子が極めて日本人的にみえる。個人主義を基盤にして市民社会が成立している欧米社会を「石の社会」とすれば、日本は「粘土の社会」と比喩される ことがある。日本人は個人が目立つことをあまり望まないが、集まることによって多様で精密な形(機能)を発揮する。脂質分子がつくる各種ドメイン構造は懐 の深さがあり、主役を活躍させる場を提供することでその存在意義を保つ。そんな脂質分子を考えると、その役割を明らかにしてあげたくなる。自分が何故、脂 質生化学を研究領域に選んだのか、こんなところに答えがあるのかも知れない。

(脂質生化学研究Circular 2008 より抜粋)