細胞核ダイナミクス研究室では、細胞核内において、遺伝情報を維持し、次世代に継承する仕組みを明らかにすることに挑戦しています。タンパク質や脂質分子がその生理機能を発揮するメカニズムを明らかにするとともに、様々なバイオイメージング技術を駆使して細胞核の中で起こる多様な化学反応をダイナミックに捉え、見て理解する生物化学を展開しています。

細胞核機能解析に向け、以下に示す3つを主な研究テーマとしています。
脂質合成による核膜機能維持メカニズムの解明(遺伝情報の維持)
真核生物は、「遺伝情報であるDNAを核膜と呼ばれる脂質膜によって細胞質から隔離する“細胞核”を持つ生物」として“定義”されています。この核膜は単に細胞核と細胞質を分ける境目であるだけではなく、細胞核の機能発現において多種多様な役割を果たしていることが分かってきました。核膜の機能において、中心的な役割を果たす分子が、核膜の内膜に特異的に存在する核膜タンパク質群です。当研究室では、真核生物のモデル生物である分裂酵母を用いて、核膜タンパク質群の中でも、Lem2とBqt4と呼ばれる二つのタンパク質が核膜の機能に極めて重要な役割を果たすことを明らかにしてきました。

この二つのタンパク質はそれぞれが染色体の機能を制御するなど、様々な核膜機能を担っていますが、これらの機能の中でも特に注目しているのは脂質合成との関連です。Lem2とBqt4、両タンパク質を同時に働かなくすると、セラミドと呼ばれる特定の脂質分子の合成が著しく阻害され、核膜に穴が開いてしまうことが分かりました。セラミドは、脂質分子の中でもごく少量しか存在しないにも関わらず、生体のバリア機能を担う非常に重要な分子です。セラミドが減少すると、アトピー性皮膚炎や魚鱗症のような皮膚病の原因となることが知られています。「肌に潤いを~」や「セラミドバリアー~」というCMのフレーズで名前を聞いたことがある方もおられるかもしれません。このような脂質の合成は一般的に小胞体やゴルジ体で起こることが知られていますが、なぜ核膜に存在するタンパク質がセラミドの合成に関わっているのでしょうか? また、核膜の機能維持に、セラミドはどのような働きをしているのでしょうか? 当研究室では、このような課題に遺伝学、分子生物学、バイオイメージングなど様々なアプローチを用いて取り組んでいます。

Lem2、Bqt4両者が働かなくなると核膜に穴が開いてしまう
染色体分配に必須なキネトコアタンパク質の構造解析(遺伝情報の継承)

染色体上に形成されるキネトコアに微小管が結合し、染色体を反対向きに引っ張ることで正しい染色体分配が起こる
我々生物は、自己の設計図である遺伝情報(染色体)を正確に複製し、次世代に正しく継承することで、命をつないできました。この継承のステップが正しく進行しないと、遺伝情報が正しく後世に伝わらず、がんやダウン症などの病気の原因となります。この継承のステップを正しく行うために中心的な役割を果たすのが、染色体上の特徴的な領域に形成されるキネトコア(動原体)と呼ばれる構造です。このキネトコアを、細胞の両極に存在する中心体から伸びてきた紡錘体微小管が捕らえ、反対方向に染色体を引っ張ることで、娘細胞に正しく染色体が継承されます。これまでの研究で、キネトコアは100種を超えるタンパク質がダイナミックに集積して形成されることが明らかとなってきています。
当研究室では、このキネトコアがどのような仕組みで構築されるのかを最新のバイオイメージング技術を使って明らかにすることにチャレンジしています。例えば、膨張顕微鏡法と呼ばれる方法を用いると、細胞を約10倍巨大化することができます。すなわち、これまでの顕微鏡よりも10倍小さな構造を観察することが可能になります。

細胞をアクリルアミドに浸潤し、ゲル化させることで、タンパク質分子の位置情報をゲルの網目に固定化します。その後、おむつなどの給水材として使われるアクリル酸ナトリウムを用いてゲルを膨潤させることで、タンパク質の位置情報を三次元的に拡大します。
この方法を用いることで、構成的セントロメア結合タンパク質(constitutive centromere-associated network:CCAN)と呼ばれるキネトコアタンパク質群がShell-coreの層状構造を形成することを明らかにしました。

通常の顕微鏡では1つの点にしか見えないキネトコアの内部構造が観察できる。空間分解能は電子顕微鏡にも匹敵します。
現在はこの層状構造がどのような仕組みで形成されるのかを明らかにすることに挑戦しています。
染色体分配を制御するリン酸化シグナルの解析とがん治療への応用(遺伝情報の継承)
上にも述べたように、細胞が分裂する際、染色体は紡錘体微小管によって捉えられ、反対方向に引っ張られていくわけですが、では、細胞は「染色体が両側から伸びてきた微小管によって捕らえられた」ということをどのように認識しているのでしょうか? また、間違って片側からだけで捕らえられ、もう一方は失敗してしまうことはないのでしょうか? そのような間違いが起こった場合、細胞はどのようにしてその間違いを正している(克服している)のでしょうか? このような間違い訂正機構は、キネトコア周辺で起こるタンパク質のリン酸化・脱リン酸化が寄与することが明らかとなってきました。当研究室では、キネトコア―微小管間の結合安定化に関わるリン酸化酵素であるPolo-like kinase1(Plk1)に着目し、この酵素の活性化の仕組みを研究しています。
このような染色体分配に関わる因子の異常は、細胞のがん化のトリガーとして大変大きな役割を果たすことが報告されています。染色体分配異常の研究を通じて、がん化の抑制・治療を目指し、がん研究会がん研究所との共同研究を推進しています。