研究内容

当研究室では、原子レベルで制御する結晶成長法に様々な化学反応を組み合わせて、新しい機能物性を持つ固体物質を創出する研究を行っています。また、先端分析技術や理論計算を活用し、化学反応機構・物性発現機構を解明する研究にも取り組んでいます。

固体は原子や分子が凝集して出来ており、元素の組み合わせや構造の違いによって多彩な性質を示します。なかでも金属酸化物は、顔料や陶磁器などの身近なものとして古来より幅広く用いられてきました。現代においてはその用途はさらに拡大しており、記憶素子や光学素子など我々の日常生活を支えるものとなっています。最近ではデバイスの小型化が進んでおり、これまでよりも薄く、小さい、けれども高性能な材料の開発が望まれます。

当研究室ではこの問題に取り組むために「薄膜」に着目しています。薄膜はデバイス構造に近く、バルク体では得られない単結晶や準安定相が得られるという利点もあります。また、異なる物質を積層させたヘテロ構造や周期構造、界面特有の物性なども期待できます。

同時に、固体化合物の「アニオン(陰イオン)」に着目しています。例えば酸化物では、酸素の一部をフッ素など異なるアニオンに置き換えることで、極性やバンドギャップの制御などが可能になります。

 

 

薄膜の特長

基板の結晶構造を保ちながら成長した薄膜をエピタキシャル薄膜と呼びます。この項目では当研究室が利用しているエピタキシャル薄膜の特長を説明します。

 

  • 単結晶や準安定相を得られる

単結晶は同一の化合物が規則的に整列した状態をいいます。そして、準安定相は物質が最も安定な状態をとらず、2番目以降に安定な状態をとることを言います。これらの状態はバルク体では作製することが難しかったり、不可能であったりと薄膜状態でのみ得られます。

 

  • 基板由来の圧力を印加できる

薄膜物質の格子定数と基板の格子定数が異なるとき、基板の格子定数を保ったまま成長するために薄膜物質には基板から二軸方向の圧力がかかります。この圧力によって生じるひずみが対称性を変化させることが期待できます。

 

  • 界面特有の物性

ここでいう界面は基板と薄膜の境目の部分のことを言います。界面付近の薄膜物質は基板から受ける圧力が大きいため、結晶構造が変化しやすいです。そのため、バルク体では見られない物性が期待できます。

 

  • ヘテロ構造や周期構造

ヘテロ構造や周期構造(複数の結晶格子が周期的に重なることで単位格子が長い構造を持つことを言います)は薄膜特有の性質です。これらを変化させることで新たな物性を付与することが期待できます。

 

  • 反応の促進

薄膜は体積に対する表面積が大きいため、化学反応を起こしやすいです。特に後述するトポケミカル反応の反応速度は拡散方程式に依存するため、薄膜のように内部拡散が無視できる物質は反応が低温ではやく進行します。

 

アニオン置換の手法

単一化合物内に複数のアニオン種を持つ無機固体のことを複合アニオン化合物と呼びます。複合アニオン化合物は金属種を変えた化合物を作製するよりも困難です。多くの場合では酸素の一部だけを異なるアニオンに置換しようとすると、すべての酸素が置換されてしまいます。また、アニオンは置換されることなく金属の酸化数だけが変わることもあります。そこで当研究室では「トポケミカル反応」でアニオン置換を進行させ、複合アニオン化合物を作製しています。トポケミカル反応とは前駆体化合物とアニオン源をおよそ500℃以下という低温で反応させることでアニオン置換をする手法です。この反応の特徴は前駆体の構造骨格を保ちながらアニオン置換を進められる点にあります。つまり金属酸化物では基本的に酸素のみが反応に関与し、金属の位置は変わりません。さらに反応させるアニオン源にポリマーを使用することで還元的な反応を起こすことができ、酸素の脱離とアニオン源の挿入を同時に行うこともできます。

 

期待できる物性

前項で紹介したトポケミカル反応を用いて酸化物を複合アニオン化することにより、以下のような物性の変化を起こすことが期待されます。

 

  • 強誘電性

電流を流さない絶縁体は誘電体とも呼ばれ、電圧をかけると物質内に+と-の偏りができます。この性質を誘電性と言います。誘電体の中でも、電圧をかけていない状態で+と-の偏りが生じている物質は「強誘電体」と呼ばれます。

通常の金属酸化物に含まれるアニオンは酸素のみであるため、構造の対称性が高く、+と-の偏りが生じにくいです。ここで、酸素の一部が他のアニオンに置き換わった複合アニオン化合物では、酸素と他種アニオンの電気陰性度(-電荷の帯びやすさ)の違いにより、構造の局所的な対称性が変化し、強誘電性を示すのに欠かせない半永続的な極性構造をとりやすくなります。

ex.) コンデンサー、強誘電体メモリ、赤外線温度計、百円ライターの着火装置など。

 

  • 磁気特性

物質の磁気特性は物質内の原子のスピンの向きによって決まります。ある原子のスピンの向きは隣やそのまた隣の原子のスピンの向きに影響を受け、その効果は元素によって異なります。よって金属酸化物が複合アニオン化すると、酸素のみの場合とは違った磁気特性を示すようになる可能性があります。

ex.) ハードディスク、磁気メモリ、モーター、電磁弁など。

 

  • マルチフェロイック特性

マルチフェロイック特性とは、主に強誘電性と強い磁気秩序(強磁性または反強磁性)を同時に持つ性質のことを指します。一般的な物質では、電気分極(+と-の偏り、誘電性に関連)は電場でしか、磁気秩序(NとSの偏り)は磁場でしか操作できません。しかしマルチフェロイック物質では、電気分極と磁気秩序が結びついているので、電気分極を磁場でも、また磁気秩序を電場でも操作することができます。複合アニオン化合物は、前述のように、マルチフェロイック物質になる可能性があります。

 

  • 光応答性

光応答性は太陽電池などに使われ、現在活発に研究されている性質の一つです。太陽光の大部分は可視光ですが、一般的な金属酸化物材料では、バンドギャップが可視光に相当するエネルギーより大きく、太陽光を効率よく吸収できないといった課題があります。

酸素と電気陰性度の異なるアニオンは、金属原子と相互作用して新しい準位を生み、その結果バンドギャップが変化します。よって複合アニオン化合物は、可視光応答性の向上した材料への応用が期待できます。